徒然なる日記(コツコツ投資信託積立中)

30代前半、しがないサラリーマンです。投資信託をコツコツ積立しております。

自己紹介

最近インデックス投資家の皆様のブログで、ご自身の半生を振り返られたり、お金との付き合い方などを
掲載されている方が多くいらっしゃいましたので、自分も真似てみようと思います。

※参考にさせていただいたブログの先輩方
貯金生活はじめました(家計簿と身近なお金の話)
Rosemaryの日記

【家庭環境】
古風な頑固技術職サラリーマンの父と専業主婦の母の長男として東京に生まれる。
今考えれば決して裕福な家庭とは言えなかったと思いますが、子どものころから、
お金に困ったことはなく、ごく普通な家庭だと思って生活をしていました。
妹と弟がいますので、5人で生活していました。父方ならびに母方の祖父母の家とは
それぞれ実家から1時間程度の距離でしたので、小さい頃は頻繁に行き来がありました。

【教育熱心な父】
教育ママな家庭はかなりあると思いますが、我が家は父がとても教育熱心でした。
子どもの為を思って、兄弟3人とも中学から一貫校へ通わせてくれました。
中学受験の時も、高校生の時も数学(算数)や物理・化学などは、質問すれば丁寧に教えてくれました。
(今の自分はとても高校の理系科目を子どもに教えられる自信がありません。)

もともと父方の祖父が読書好きで「子どもの教育のためなら畑を売る」というようなことをよく言っていましたので、
その影響を受けて、父は僕ら子どもたちの教育には、金銭面・時間面でも相当、割いてくれたのだと思います。

自分が社会人になってからも、父の給与を聞いたことはありませんが、会社四季報などで調べてみると、もしかしたら
今の自分(30代前半)と同じぐらいだと思われ、我が家の家計はものすごく教育費比率が高かったのだと思います。
もし自分に3人も子どもがいたら、同じようにはしてあげられないと思うので、両親にはとても感謝しています。

【優しく見守る母】
母は結婚前、教職に就いており、子どもがとても好きだったのだと思います。厳しい父であったためか、
その反動でか、母はいつも温かく優しく見守ってくれていました。子どもを鍵っ子にしたくないとの思い、
また子どもが帰宅してきた際の表情を必ず自分で確かめたいという思いから、弟が小学校に入学するまでは、
パートにも出ず、しっかりと家庭を守ってくれました。(その後は平日短時間だけパートもしていましたが。)

毎日の食事も決して手を抜くことがなく、冷凍食品が出てくることもお弁当以外ではほぼありませんでした。
僕が中学受験の塾に通っていた時から、弟が高校卒業するまで、15年ぐらいは毎日お弁当を作ってくれていました。
今考えればとても有難いことですし、家計への節約効果も絶大だったと思われます。

【進路で悩む】
大学進学の際に、どのような学部に進むべきか非常に迷いました。
小学校の卒業文集には国連職員になりたいと書いていました。(緒方貞子さんの活躍を知り、憧れました。)
しかし中学入学してから、英語がとても苦手で、とても国際社会で活躍できるような感じではありませんでした。
もともと社会科(特に地理と公民分野)が得意だったこと、先生方に恵まれていたことから、社会科の教師になろうと
思っていたので、地理学科に進もうと思っていました。しかし、父からは「文学部は民間企業への就職が厳しいから
潰しが利く学部が望ましい」というアドバイスがあったこと、経済地理学などにも興味があったことから、最終的には
経済系の学部へ進学することになりました。(大学では教職課程も受講し、教員免許も取得しました。)

【就職活動】
もともと人見知りがちで、集団生活には馴染めないタイプであったこともあり、民間企業への就職が自分に
向いているとは思っていなかったこともあり、大学3年になると、大学院に進んで教員になるか、公務員になるか
どちらしかないのではないか?と思っておりました。民間企業を知るのもいいと思い、当時インターンシップを開催
する企業がちらほらと出てき始めたので、参加を決意、数社面接を受けましたが、どこにも採用されませんでした。

自分が所属していたゼミは、かなり勉強熱心な人が集まり、意識の高いメンバーが多かったため、複数の友人が
インターンシップに参加していました。その中の一人から、「インターンにも受からない奴や就職なんか出来ない」と
とても厳しいことを言われ、ムキになってしまい、何社も受け続けたところ、2社ほど合格することが出来ました。

1社は外資系の不動産関係の会社で、様々な現場に連れて行ってもらい、とても貴重な経験になりました。
最終課題は銀座に実在する土地をどのように有効活用したら収益最大化できるか?という面白いものでした。
もう1社は日本のシステム企業で、東証に関連するシステムを開発する現場へ配属されました。
実際に東証に行ったり、複数の業者との折衝や会議、更にはバクチェックのようなものも体験させてもらいました。
2社のインターンシップを通じて、民間企業へ就職が面白そうで、何年か社会人経験を積んで、それでも教員に
なりたければ、転職して教員になろうと決意しました。

【第一志望の企業には就職できず】
就職活動ではほぼ3つの業界に絞り活動をしていました。
最終的には第一志望の企業には就職できませんでしたが、2社から内定をいただくことが出来ました。
当初は業界内順位の低い企業(自分を比較的高く評価してくれ、学閥がない自由な企業)に就職するつもりでしたが、
父からは「社長とか役員を目指すのでなければ、学閥なんか関係ないから、とにかく少しでも大きな企業にしろ」との
アドバイスがあったので、悩んだ末に、同じ業界のより大きな会社に就職することにしました。

【就職して】
配属地が東京近郊ではなかったため、東京ならびに親元を離れて初めて一人暮らしをすることになしました。
アイロンかけも、洗濯機を回したことも、ゆで卵さえ作ったこともなかったので、初めて両親の有難さを知りました。
と同時に、毎月の給与ならびにボーナスで生活をしていかなければならないため、お金の管理・大切さを知りました。
財形と持株会をするとともに、毎月定期預金を始めるなど、出来る範囲で資産形成を始めました。
研修などでは説明があったと思われますが、特に記憶もないまま、入社時から401Kをやっております。

【2回の転勤と転職活動をしてみて】
転勤が多い会社のため、3箇所目の勤務地で東京に戻ってきました。実家暮らしも考えましたが、
勤務先には30分、実家には60分という絶好の立地に独身寮がありましたので、入寮することにしました。
お酒を飲まない、ギャンブルをしない、寮生活ということもあり、少し金銭的な余裕が出てきました。
そこで、さわかみ投信とセゾン投信と純金積立を始めることにしました。

この間、何度会社を辞めようと思ったことか、実際に転職活動もしていました。内定ももらいましたが、
父から「前向きな転職には反対しないが、辛くて逃げる転職なら、また転職したくなるから、考え直せ」と
カツを入れられ、我に返ったことと、東京に戻ってくることができたこと、新しい部門に異動になったことなどもあり、
仕事にとても前向きになることができました。

【結婚と現在】
4箇所目の勤務地が東海地方になり、独身貴族を謳歌しておりました。
ファッションにもゲームや漫画にも興味はなく、堅実な生活?をしているつもりでした。
自分へのご褒美といえば、年2回の長期休暇での一人海外旅行。これぐらいです。
(自動車は新入社員の時に購入して以来、ずっと同じものに乗っていましたが、昨年手放し現在は自転車のみです。)
不思議なご縁をいただき、結婚することになりました。

転勤が多いこと、妻の実家が東海地方であること、妻が仕事を続ける予定であることから、
東海地方に本拠地を構えることを結婚を機に考え、中古マンションを購入しました。
新築とも迷いましたし、さらには複数の物件とも迷いましたが、結果的に手頃な物件に落ち着きました。

もちろんローンを組むことになりまして、家計管理を始めることとなりました。
記録を残すという意味からこのブログを始めることになりました。

2017.01.08微修正実施

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